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陽気なギャングの日常と襲撃

陽気なギャングシリーズの続編です。
前作、「陽気なギャングが地球を回す」の出来事から1年後の設定になっています。

今回の構成は第1章でギャング達の日常が語られ、
第2章から本編となる長編になります。
一見、無関係に見えそうな第1章と第2章なのですが、
実は続く第2章以降の伏線となっていて、それらのピースが全て繋がった時に、
例によって、極上の読了感を味わうことができるのです。

前作を読まなくても楽しめますが、
前作で登場したアイテムが活躍したり、前作でのイタイ経験なんかも思い出されたりして、
できれば前作も読んでおいた方が、より楽しめると思います。

まずは第1章の、それぞれの日常を語った短編からレビューします。

■成瀬
嘘を見抜く名人だが、普段は神奈川県の市役所の地域生活課で勤務する役人。
この課にはいろんな人が相談に訪れるが、
この日もまた、門馬(もんま)という定年退職後の老人が訪れていて、
4月に異動してきたばかりの大久保という部下が、対応に苦慮していた。
門馬曰く、町内を怪しい奴が歩いているから、警備をしろ、と。
そこへ、係長の成瀬がうまく応対をし、門馬を帰らせた。
成瀬の見立てによると、どうやら門馬は嘘はついてないらしい。

その午後、成瀬と大久保が一緒に外出している時に、
とあるマンションの屋上に人がいるのを見かける。
一人は門馬で、後ろに立った男から刃物を突きつけられていた。
既に向かいのマンションの住人が警察に通報していて、膠着状態となっていた。
二人が立ち去ろうとした時、門馬が何か紙を落とした。
この紙を大久保が拾うのですが、ここに書かれていることは何を意味するのか、
謎解きの要素があって楽しめます。

同時に成瀬は大久保の身の上話も聞く。
大久保には彼女がいて結婚したいと思っているが、なかなか言い出せない。
その彼女というのが、某大型ドラッグストアのチェーン店を展開する会社の社長令嬢らしい。

■響野
演説の達人は、妻の祥子と夫婦で喫茶店を営んでいる。
その日は、30代前半の会社員・藤井が、平日であるにも関わらず客として訪れていた。
平日なのに来店してい理由は、何やら頭が混乱することがあって、会社を休んだらしい。

藤井は飲むとわかりやすく記憶をなくす性質。
それについて響野がうんちくを語っているのですが、
そういえば前回も記憶に関する話をしてたなぁ。

響野曰く、記憶を失くさないためには、パエリアが効くらしい。
パエリアに使われているサフランには、クロシンという栄養素が入っていて、
そのクロシンが海馬の神経細胞に刺激を与えるとか。初耳です。

昨日、同僚の桃井と飲んでいた藤井は、翌朝やはり記憶を失くしていた。
藤井が朝起きると、「ノゾミ」という女からの書き置きが残してあった。
その「幻の女」が誰なのか、響野も「記憶の旅」に付き合うことになる。

桃井は下戸に近く酒を飲まないので、その桃井の情報によると、
飲みに行った店は<天々>と<黒磯>の2軒らしい。
<天々>は全国チェーンの居酒屋で、「チルドレン」や「魔王」でも使われていましたが、
今回の店舗は、最近できた屋根裏部屋のような形態の支店だそうなので、別店舗だと思います。
一方、<黒磯>はそこから少し離れた繁華街の、地下にあるバーで、
黒磯という名前のマスターが一人で経営している店。

まずは黒磯から辿ってみる。
マスター曰く、ずっと二人で飲んでいた、と手がかりは得られず。
ただ、このマスターは、よく融通を利かせてくれるらしい。
具体的には女を紹介してくれたり、誰かを口説く時に話しを合わせてくれたり。
自由な恋愛を楽しむというスタンスの藤井と桃井にとっては、かなり好都合かと。
果たして今回もどうかわかりませんが、黒磯というマスターはなかなか曲者で、
南米の麻薬に異様に厳しい国のことに詳しかったりする。
その国は、麻薬を少量持ってただけで、即実刑で、下手したら死刑の国。
黒磯はその国の言葉も喋れるらしい。

いろいろと辿っていく中、しまいにはその女自体が、
藤井の作話によるでっち上げじゃないか?なんて説も飛び出したり。
健忘症がひどくなると、作話という症状が出てくる。
記憶のない部分を、自分で捏造してしまう症状で、
作為的ではなく、無意識にそうやってしまう。
日頃の藤井の行いから、そう思われても仕方ないかも。

こうして、いろんな証言が得られる中、果たして真相は!?
そもそも響野にまともな推理ができるのか、そこも注目です。

■雪子
精確な体内時計を持つ彼女は3ヵ月前、事務仕事専門の契約社員として、
とある企業に派遣会社から派遣されてきていた。
ある時、鮎子という年下の女性社員から、相談を持ちかけられる。

鮎子の手にあったのは、奥谷奥也(おくやおくや)という喜劇役者の舞台のチケット。
すごく人気があって、入手困難なチケットらしい。
それがどうして鮎子の手元にあるのかというと、
密かにアルバイトしているダイニングバーでのこと。
帰ろうとしたところに、店長から「鮎子様」と書かれた封筒を渡された。
封筒はレジに置いてあったとのこと。
中身は例のチケットが1枚入っているきりだった。
鮎子には心当たりがなく、このチケットをどうすべきか?
舞台に行ってみるべきかどうか?というのが相談だった。

雪子の答えは「とりあえず行ってみる?」
恐らく左右の席のどちらかの人が犯人なのだろうと踏み、
それは行ってみないとわからない。
もっとも雪子本人が当事者ではないものの、
犯人が誰か知りたいって興味本位もあったりして。

そうして雪子に半ばそそのかされて行ってみることにしたものの、
鮎子に会社の予定が入ってしまった。
その日、イベントの司会をやることになり、開演に間に合いそうもない。
そこで雪子の出番だった。
劇場の<シアターC>まで、雪子が運転して送ることに。

当日、無事にイベントを終えたところで、雪子のセダンが迎えにきた。
助手席には祥子も座っていた。
もしも予期せぬ事態が起きた時に、手伝ってもらうためだとか。
祥子曰く、うるさい響野との生活で気分転換のために、
時々雪子に連れ出してもらっているそう。
ちなみのその響野は、例の藤井の件に付き合っているところでした。
そういえば響野のエピソードの時に、祥子が「雪子と会う予定がある」と言っていたのは、
この件だったんですね。

雪子の読み通り、開演10分前には劇場に到着した。
2時間半の舞台は予想以上に面白く、鮎子は笑い遠しだった。
内容は、奥谷奥也演じる厚化粧の詐欺師に、新手の詐欺師が次々と闘いを挑む、
というコメディ劇で、様々なバリエーションの詐欺師が登場した。
中には「柔道部詐欺」なるものもいて、柔道着を纏ったいかつい男たちが、
集団で通行人を連れ去るという、半ば誘拐のような趣向だった。

ところで、肝心のチケットを送ってくれた相手からの接触は、何もなかった。
左隣は大学生と思しき女性3人組で、無関係だろう。
そして右隣は、最後まで空席のままだった。
劇場を出るまで、誰からも声をかけられることもなかった。

鮎子から話を聞いた雪子は、あることに思いつき、劇場に入っていく。
役者に会いたいと、シアターCのオーナーと交渉する。
このオーナーが変わり者で、競馬で儲けて劇場経営をはじめたとか。
「四の五の言わずに勝負しろ」というのが口癖で、賭け事好き。
我儘を言って人に迷惑をかけるのが趣味らしい。
鮎子の会社もその影響を受けていて、劇場のホームページ制作を担当している佐藤が、
我儘なリクエストに対応を苦慮していた。
また、もともと心臓に病も抱えているらしく、それを理由に、
あちこちで倒れては救急車を呼んで、大騒ぎするらしい。

そんな情報を雪子はもちろん知らないが、交渉の手段として、賭けを提案した。
ストップウォッチを見ないでボタンを押し、相手が指定した秒数ぴったりに止められるか。
賭け事好きなオーナーが勝負事に血が騒がないはずがないが、
この勝負で雪子が負けるはずもないですよね。

さてそれから鮎子がどうなったのか。
紅一点の雪子のエピソードはちょっと甘酸っぱい要素も入ってます。

■久遠
天才スリは普段も何してるかよくわかりません。
公園で突然殴られた和田倉という会社員の男を見かけ、声をかける。
思い当たるふしは無いそうだが、借金はあるらしい。
それもかなり怖い人たちから。
そんなか弱い羊のような和田倉に興味を持った久遠。
殴った相手の財布をちゃっかり掏っていた。

財布には免許証は無く、かわりに歯医者の診察券があった。
そこから名前が「熊嶋洋一」だと判明した。
ちょうど次の日に予約が入っているようで、その歯医者で待ち伏せることに。
作戦は的中し、予定の受診日に行くと、熊嶋が現れた。

ところで、和田倉の借金とはかなりの額で、やばいところから借りている。
和田倉は合法的じゃないカジノ店の常連だった。
そこは紹介者がいないと入れない。
最初は取引先の取締役に連れていかれたのがきっかけだったが、
ギャンブル好きが災いし、まんまとハマってしまった。
カジノ店の客には、あの小劇場<シアターC>のオーナーもいた。
さすが賭け事好きなだけある。

そんな恐ろしいカジノ店、お金が返せないなんて許されるはずがない。
案の定、和田倉に電話がかかってきた。
相手は、花畑実。
職業柄に似合わずメルヘンな名前だが本名らしい。
お金を返せない和田倉に、何やら危ない仕事を頼んでいた。
そのカジノの経営者は鬼怒川と言うらしい。
あまりにもわかりやすい構図です。

物騒な人や事件に巻き込まれて、毛を刈る前の羊のように怯える和田倉。
そういえばこういうタイプの人、前作にも出てきましたよね。
雪子の元夫の地道とか、同じように犯罪の手伝いをさせられた林とか。
あと、カジノ経営者の鬼怒川は、前作でいうところの親玉である神崎とそっくり。
こういうところ、前作読んでる人には懐かしいポイントですよね。

結局、熊嶋洋一は和田倉とどういう関係で、なぜ殴ったのか?
そして、和田倉の運命はどうなるのか?
ハラハラする話なのですが、久遠のマイペースっぷりで、あまり緊迫感を感じない。


ここまでが4人各々の日常(?)だったのですが、
この後、4人揃っての長編、第2章が始まります。
個人のエピソードのどこがどう繋がって、どれが伏線だったのか、
繋げていきながら読むのがオススメです。

冒頭では華麗な強盗シーンから。
その鮮やかな手口は、前作を読んだ人にはおなじみですよね。
響野がカウンターにのぼって演説をする間、
成瀬と久遠はボストンバッグにお金を詰め込んでいく。
そして、銀行を出た4人を、雪子の運転する車で回収していく。

響野の演説のお題は「時間」。
人が動物にもどれなくなったのは、時間を気にするようになったからである。
哺乳類に限れば、一生の間の鼓動の回数が20億回と決まっている。
つまり、寿命は違っても、鼓動の回数は変わらないということは、
動物によってカウントする速度が異なるというわけ。
せかせか短く生きるのと、のんびり長く生きるのと、どちらか。
個人的には響野の演説シリーズ、大好きです。真に受けていいのかどうかはわからないけど。

そうして、手順どおりに鮮やかに強盗をした翌日、成瀬から招集がかかった。
いつもなら銀行を襲った後はすぐに集まらないことになっていて、
奪った金は成瀬が保管し、最低でも1ヵ月はお互いに顔を合わせないようにしている。

成瀬曰く「問題が起きた」とか。
それが、「筒井ドラッグ」という大手薬局チェーンの社長令嬢、筒井良子(よしこ)。
実は彼女は成瀬の部下の大久保の交際相手なのだが、その女性が襲った銀行に居合わせた、というのだ。
その彼女の後ろに、ニット帽と色付き眼鏡の、いかにも怪しい男が立っていたとか。
大久保も彼女と連絡がとれなくなったと言っているし、
もしかしたら本当に誘拐されているのかもしれない。
もし彼女が危険な目に遭っているなら、どうにか助けてやれないか、と。
この4人組は強盗だけでなく、人助けもするのです。

この話をする前に、久遠が動いていた。
怪しい男の財布を掏っていた!
そして、田中に用意してもらった発信機を財布につけて返していた。
この発信機とは、硬貨サイズの簡易シールのようなもので、
前作で現金輸送車ジャックにお金を横取りされた事件を教訓に、
ボストンバッグの底につけるようにしていた。
ところどころで前作の苦い経験が取り上げられ、そのたびに雪子がチクチクいじられるのが、
何とも微笑ましく、ぜひ前作も読んでみていただきたい所以でもある。

ともかく、この発信機のおかげで、既に追う準備ができている、ということ。
かくして4人組は、筒井良子を助けに行くことになった。

ここまでも結構なネタバレなのですが、これ以上は自粛します。
辿っていくうちに、筒井ドラッグのやり口がわかったり、例のカジノも登場します。
また今回も田中のお世話になります。
そんな中、何とも憎めない二人組が登場。
4人組は、社長令嬢を取り戻すことができるのか?
肩の力を抜いてお楽しみください。


■ボーナストラック
映画「陽気なギャングが地球を回す」の公式ガイドブックのために書かれた短編
「海には、逃がしたのと同じだけのよい魚がいる。」が文庫版のみに初収録!
響野の妻・祥子が活躍する、スピンオフ的な作品です。
舞台は響野夫妻が営む喫茶店。
そこへ訪れた磯原という若者と、別れた恋人・友里絵のストーリー。
3年前に別れた二人があって、どうなるのか?
4人組も表には出ないものの静かに暗躍します。
やっぱり人助けもするじゃないですか!



陽気なギャングの日常と襲撃 (祥伝社文庫)

陽気なギャングの日常と襲撃 (祥伝社文庫)

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2009/08/30
  • メディア: 文庫


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タグ:伊坂幸太郎
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