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陽気なギャングが地球を回す

絶対に嘘を見抜くことができる成瀬。
演説の達人である響野。
精確な体内時計を持つ雪子。
スリの天才である久遠。
この4人が集まれば、立派な(?)銀行強盗である。

銀行強盗について。
2人組だといずれどちらかが癇癪を起こすし、縁起も悪い。
3人組の方が、「三本の矢」「文殊の知恵」など、一見良さそうだが、最適でもない。
その証拠に三角形は安定しているが、逆にすればアンバランスだ。
実際的なことを言えば、3人乗りの車はあまり見かけない。
逃走車に3人乗るのも4人乗るのも同じなら、4人の方が良い。5人だと窮屈だ。
というわけで、銀行強盗は4人いる。らしい。
そんなゴタクはともかく、この4人組が絶妙なバランスで役割分担し、
見事なチームワークで銀行強盗を行うのです。
ラッシュライフの黒澤が空き巣の単独犯にこだわったのに対し、何とも対照的。

そんな彼らの鮮やかな手口とは、至ってシンプル。
銀行に入り、成瀬・響野・久遠の三人がカウンターに近づく。
一斉に銃を構え、銀行員を席から遠ざける。
警報装置を押させない。
そして雪子の車で逃げる。
基本はこれだけ。

この中でも最大のポイントは「警報装置を押させない」こと。
どの銀行でも、正面の自動ドアの上にはランプが設置されていて、
普段は消えているが、銀行員が警察へ通報すると、こっそりと点灯する。
ちょうど銀行員から見える位置についているので、それが点灯していれば、
誰かに警報機を押された、ということになる。
そう言われると、私も今度銀行に行った時に探してみたくなっちゃいましたけど。
いかに警報装置を押させないかで、銀行強盗が成功するかを左右するのですが、
そこには成瀬流の理屈がありました。
最小限の変装で、銀行強盗とは断言できない格好で、カウンターに近づき、
あとは何が起きたのか銀行員が把握する前に、警報装置から遠ざける。
誰しも早とちりで笑われるなんて嫌なので、
サングラスをかけた男が銀行に入ってきたというだけで、警報ボタンを押す人はそういないだろうという、
人の心理を応用した理論が働いていました。
だから彼らがいつも強盗をする時の恰好は、ニット帽にサングラス、手袋、頬にはビニールテープを貼る。
このビニールテープは海外の強盗の真似で、頬にテープがくっついていると、
目撃者たちはテープのことばかりを覚えているらしい。
これもまた、「人は目立つものに目が行く」という心理をついたものです。

他にも、素人の私でもなるほど!と思ってしまうポイントが。
(かといって真似するわけじゃないですけど)
必要に応じて拳銃を撃つが、それは「主人を追い出すため」。
ここでいう「主人」とは、上司だとか、美学だとか、一般常識だとか、損得勘定だとか、
人が行動する時の拠りどころ、いわゆるルールみたいなもののこと。
そんな人を短時間で従わせるには、それなりの荒療治が必要なんです。
時間が限られた銀行強盗が仕事をやり遂げるには、客たちを従わせなければいけない。
つまり、瞬時に自分たちが彼らの主人とならなくてはいけないということ。
そのためには、何発かの発砲も必要だという。
でも、あくまで必要最低限にとどめ、人を痛めつけるためだとか、執拗な発砲は行わない。

とは言っても、銀行によって構造が違ったりするので、
見取り図を用意して、事前に入念な打ち合わせをするのです。
警報装置に限らず、銀行業務に関わる用語がたくさん飛び交っていて、リアリティがありました。
特徴的なのは、銀行員を分類する時にたいてい、犬の種類で呼ぶこと。
「シェパード」は19世紀のドイツで生み出された警察犬や軍用犬用の犬で、
仕事に忠実で、落ち着いている銀行員を指す。
「スピッツ」はキャンキャンとうるさいことで有名な小型犬で、
ちょっとした物音でパニックを起こしそうな銀行員を指す。
「シェパード」も「スピッツ」も強盗が入ってきたと単に警報ボタンを押す可能性が高く、
彼らにしてみれば、要注意人物だ。
他にも、おとなしい割に体格が良く、腕力がありそうな者は「グレート・デン」、
行儀も愛想も良さそうなモノは「ゴールデンレトリーバー」などと、いろいろバリエーションがあるらしい。
身近な人でたとえてみると面白そうですよね。

ここまで、人の心理を巧みに利用した作戦の指揮をとるのが、成瀬。
ウソを見抜く名人は、人の心理がよくわかるのでしょう。
精確な体内時計を持つ雪子が運転する逃走車に乗れば、逃走成功率が高くなる。
ましてや彼女は、事前に逃走経路を入念に下見した上で、
確実に逃げ切れるタイミングを計算しているのです。
スリの達人である久遠のすばしっこさは、あらゆる場面で活かされるとして、
響野の「演説の達人」とは?
そこには響野なりのポリシーがありました。

実は強盗の最中、響野は決まって演説を行うことになっている。
銀行員や客から、たかが5分とはいえ、貴重な時間をいただくには変わりなく、
それにはそれなりの対価が支払われなくてはならない。
それが自分の演説だと、自信を持って言いきれるのです。
この点、銀行強盗はサーカスやショウと同じであるのに対し、
現金輸送車ジャックは姑息で、中学生がやるカツアゲと変わらない、と。
この違いに「ロマン」があり、リスクの高い銀行強盗にこだわり続けるわけです。
そんな響野はいつも、「ロマンはどこだ」と言って現場に向かう。
それは「始まりの合図」。
4人の中でも、響野が一番愛すべきキャラクターとして描かれているような気がします。
響野はそれまでもいろんな演説をしてきたのでしょうが、
今回の舞台で語られた「記憶」の話については、私も興味があって調べたことがあり、
多少なりとも持ち合わせている自分の知識とも一致していたので、興味深かったです。

折しも、巷では相反する現金輸送車ジャックが流行っていました。
今回も手筈どおりに事を済ませ、雪子の車で逃走中、謎のRV車と衝突する。
RV車から降りてきた3人組は、成瀬たちが盗んだ現金ごと車を奪って逃走!
そう、彼らこそが巷で噂の現金輸送車ジャックだったのです!!
そこから、彼らの逆襲が始まります。
久遠が掏った免許証から、彼らの正体に近づいていく。
その過程で、雪子の別れた夫・地道と会うことになります。
「地道」という苗字とは裏腹に、ギャンブルで借金を膨らませた、絵に書いたようなダメ男で、
見事なまでの名前負けオチ。
雪子と慎一の母子関係をも巻き込んで、強盗たちはお金を取り戻し、
本来の目的を達成することができるのでしょうか?
裏をかき、裏をかかれる、絶妙な駆け引きが見ものです。

さて、強盗たちに偽装ナンバープレートや合鍵を作ってくれる「田中」なる人物。
彼らにとっては助っ人のような存在ですが、様々なアイテムを作って売りつけてくる商売人で、
そのアイテムの豊富さといてば、ド○えもんのよう。
「フラッシュレスカメラ」だとか「グルーシェニカー」だとか、一体どういう場面で役に立つのか?
というアイテムばかり出てくるのですが、これが役に立っちゃうんです。
こういうさりげない活用にも注目してほしいところなのですが、
伊坂作品での特徴といえば、他作品とのリンク。
「田中」という名前に聞き覚えはありませんか?しかも右足が不自由で引き摺って歩くなんて言ったら!
そう、「オーデュボンの祈り」でも出てきた「田中」。
オーデュボン~では、もちろん萩島の住人で、家にこもって代書をして暮らしていましたが、
伊藤にオーデュボンとリョコウバトの話をした張本人。
カカシの優午とも親しくしている重要人物として描かれていました。
しかし、この作品の「田中」は綾瀬のマンションに住んでいる。引っ越したのか?
いえいえ、これは同名の別人です!
見た目や名前等の同じキャラクターが、様々な作品の中で違う性格や役柄となって登場する、
手塚治虫作品でつかわれていた「スター・システム」という手法によるものでした。

同様に、ラッシュライフでも黒澤の同業者の若手で「タダシ」という名の青年が登場していますが、
成瀬の息子の名前も「タダシ」。
しかし、成瀬の息子は自閉症で、とても同一人物とは思えません。
ここで私が注目したいのは、自閉症の描かれ方。
その病名から誤解されることが多い病気ですが、ある種コミュニケーションの障害のようなもので、
人間の曖昧な部分が嫌いな性質のことで、人よりも物事に敏感な性質でもある。
私も好きな映画「スター・ウォーズ」を見た時の反応でたとえるとわかりやすい。
自閉症の人にとってはストーリーなんてどうでもよく、
オビ=ワンがライトセーバーを振った回数だとか、チューバッカが吠えた回数だとかを憶えている。
響野が記憶に関する演説をした時も、素晴らしい記憶力を持つ人の例として、
サヴァン症候群の話をしていました。
サヴァン症候群とは、早期幼児自閉症の子供たちに多く見られるのですが、
彼らは音楽、記憶や計算に驚くべき天才的能力を発揮します。
映画の「レインマン」を見たことがある方は、ダスティン・ホフマンが演じていた役を思い出していただきたい。

そんな自閉症のタダシに対して、久遠は「必死なんだよ」と理解を示す。
原因はおいといて、コミュニケーションの手段を取り除かれているところからスタートするのだから、
手探りでみんなと交流しようとしているのだと。
相手の言葉を鸚鵡返しにしたり、文章を丸暗記したり、
意味も重要性も分からないから、手当たり次第に記憶する。
時折、堪えられなくなってパニックを起こす。
こうやって、どうにか世の中のルールを探そうとしているんだと。
だから、ようやく見つけたルールがちょっとでも変更されていると戸惑うのではないか。
タダシは世の中の全部を書き留めて、記憶して、片言の言葉を駆使して、
この世界との折り合いをつけようとしている。
だからもし、人々が突然火星に連れて行かれるとしたら、一番童謡しないのはタダシかもしれない。
タダシは地球での日常と同じ、いつも通り手探りでコミュニケーションを取ろうとする。
火星の話はあまりにも極端ですが、こんな解釈、私は嫌いじゃないです。
人よりも動物の気持ちがわかる久遠らしいな、とは思いますが、
最近猫を飼ってから、私も人<動物に情が移ってしまって、むしろ共感できます。

本筋とは離れてしまいましたが、こういう人情的な部分があるのも、
この四人組の強盗が憎めない秘訣なんだと思います。やってることはともかくね。

最後に、映画好きな伊坂さんは、作品中に度々、実際の映画の作品名が登場します。
今回も「スター・ウォーズ」だとか「レインマン」だとか、私の好きな作品名が出てきているのですが、
またしても「2001年宇宙の旅」が出てきました!
ラッシュライフでも登場した、常連です。
ラッシュライフでは、黒澤と佐々岡のやり取りの中で登場しましたが、いずれにしても未来展望の象徴的存在です。
あの頃は誰しもが「2001年になったら木星に行けるのか?本当にそんな時代が来るのだろうか?」
と思ったのでしょうね。
実際、2001年には実現できなかったですけどね。
でも、かつての成瀬と妻のように、
「キューブリックだって観たいのことを見誤っていたのだから、先のことなんて誰も分からないってことじゃない。
わたしたちが何十年か先のことをくよくよ考えたって仕方ないのよ」
と気楽に考えられたらいいな。
しかしここまで登場してくると、改めて隅々まで集中して観たくなるし、
黒澤と佐々岡が言ってたように、本当にキューブリック本人が出演してたのか、確認したくもなります。

こうして実際の映画作品や音楽が効果的に組み込まれているのは、毎度のことながらおしゃれだな~と思う。
また、ギャングものということもあって、軽快なテンポの良さもまた小気味よく、
この点も爽快な読了感を与えてくれるもとになっていると思います。



陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2006/02
  • メディア: 文庫


嘘を見抜く名人、天才スリ、演説の達人、精確な体内時計を持つ女。
この四人の天才たちは百発百中の銀行強盗だった……はずが、思わぬ誤算が。
せっかくの「売上」を、逃走中に、あろうことか同じく逃走中の現金輸送車襲撃犯に横取りされたのだ!
奪還に動くや、仲間の息子に不穏な影が迫り、そして死体も出現。
映画化で話題のハイテンポな都会派サスペンス!
タグ:伊坂幸太郎
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