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オーデュボンの祈り

いつもコミックとCDのレビューばっかりで、あんまり本は読んでなさそうに思われがちですが、
そうでもないです。
ハマりやすいタイプなので、本棚の本を増やしたくなくて、極力買わないようにしてるんです。
そんな私のポリシーを覆してまでハマってしまった作家さんがいます。
それが伊坂幸太郎さん。
何気なく手に取って買って読んでみた作品がハマってしまって、それから伊坂作品は欠かさず読んでいます。
そんな伊坂作品についても、順次レビューしていきたいと思います。

まずはデビュー作の「オーデュボンの祈り」から。
伊坂作品で最初に読んだのはこの作品ではないんですけど、期待を裏切らずに面白かったです。


ざっくり言うと、主人公の伊藤がコンビニ強盗を試みてつかまりそうになり、
難を逃れて連れられてきた「荻島」で、奇妙な出来事や人々に遭遇する話。
いわゆる異世界ファンタジー的な小説です。

荻島は、宮城県の牡鹿半島を、ずっと南に来たところに存在する。
この150年間、外界との交流を遮断している孤島だという。
そんな島で、実に奇妙な人々と遭遇する。

・園山
元画家。事実と反対のことしか言わない。毎日、同じ時間、同じ場所を散歩する。
5年前に奥さんを殺されてからおかしくなってしまったという。

・桜
悪いことをした者を殺す者。島の法律というよりも、桜自身の判断によって裁かれる。
そしてどんな理由であれ、桜が殺すのであれば、島の誰もが納得する。
園山の奥さんを殺した犯人を殺したのも、桜によるもの。
それならば警察はいらないじゃないかと思うかもしれないが、一応、警察はいる。
小山田という刑事が登場するが、明らかにアテにされていない。

・轟
船を所有し、唯一、島の外へ出ていく人間。
伊藤も轟に連れられて荻島にやってきた。

・田中
右足が悪く、引き摺って歩く。

・ウサギ
市場にいる巨体の女性。あまりに太りすぎていて動けない。

これらの人々に、島の住人・日比野の案内のもと、出会っていく。
そして何よりも重要なのが、カカシの優午。
彼は言葉を話し、未来がわかる、島の大黒柱のような存在だった。
伊藤が来ることも知っていて、島にやってきた初日には会話をしたが、その翌日、優午は殺されてしまう。
なぜ未来が予測できるはずのカカシが殺されてしまったのか。
伊藤はその真相を突き止めようと動き始める。

そもそもカカシが何故しゃべることができるのか。
その原理はあまりにもシュールなものなのですが、理屈は通っている気がする。
世界設定が既に浮世離れしているので、カカシがしゃべることにはもはや驚きません。
それよりも、未来が予測できるカカシが自分の死を予測できなかったのか、そっちに焦点がいく。
カカシは未来を知っていたとしても、決して教えなかった。
よく未来を知ってしまったことにより歴史が変わるとかって話はあるけど、もっと単純でシンプルなことだったみたい。
未来を知ってしまった人は、変えようと努力する人もいるかもしれないけど、
ひょっとしたら逆に失望して、無気力になってしまう人の方が多いのかもしれない。
先が見えない未来だからこそ、可能性を信じて生きる楽しみがありますよね。
恐らく、そういう根本的なことだったのでしょう。
結末を知ってる人生なんて面白くない。

世の中、知らない方が幸せだってことはあって、荻島の住人も外の世界を知らないでいて良かったと思えることが多々ある。
余計な物質主義に走らず、長閑で素朴な暮らしができているのだと思う。
身体が思うように動かせない田中やウサギも、それを苦にすることなく、むしろ誇りに思っている。
自分たちらしさ、自分たちの文化を守るために、鎖国は有効な手段だ。
それでも昔から言い伝えられている言葉がある。「この島には欠けているものがある」と。
そしてそれは外から来た者によってもたらされると。
それを聞かされた伊藤は考えてみる。
物質的な面で言えば、確かに足りないものはたくさんあるのだろう。
でも果たして、それは島に必須なものなのだろうか?
なくてもいいものではなくて、本当に必要なものは何なのだろうか?
そう考えていくと、自分の実生活の周りで、本当に必要なものってどれくらいあるのだろう?と思えてきてしまう。
江戸時代に生きた住人・禄二郎は「欠けているものがあっても、わざわざ埋める必要はないんじゃないか」と言った。

荻島はもともと、歴史上の人物である支倉常長が西欧の保養所として開いたとされている。
だから日本が鎖国をするずっと以前からこっそりと西欧との交流があった。
しかし、日本が鎖国を解くという時に、逆に荻島は鎖国をすることになったのだという。
そこには西欧によって不公平な条約を押し付けられ、国がくたびれるだろうという観点から。
ところがいざ外界との交流を閉ざした結果、時代遅れの孤立を招いた。禄二郎が予想した通りに。
西欧文化によって欠けているものを埋めようとするのはよくない。
かといって外界から交流を閉ざし、島も発展しないのはまた話が違う。
自分たちのアイデンティティを保ちながらも、外界と交流していける道があったかもしれないのに…。
折しも刑事の小山田は、「人間を形成するために一番大切なものは、親とのコミュニケーションだ」と言い切る。
そして「自分の中に欠如感があるから、外部から与えられるものを求めている」とも。
これはひいては荻島自体のことを揶揄してるのではないだろうか。

じゃあ外界にはどんなものがあるかと言えば、さっきも少し書いた通り、必ずしもいいものばかりではない。
実際、伊藤が住んでいた外界でも、城山という善意と権力をかさにきた悪人がいたり、曽根川という野心家もいる。
ここで、「オーデュボンの祈り」の由来になった人物についても書かないといけないと思う。
ジョン・ジェームズ・オーデュボン=動物学者。
彼は何十億、何百億という巨大な群れ渡りをするリョコウバトを発見した。
それが絶滅する。人の手によって。それはもはや虐殺だった。
数が多いから平気だという甘い考えが、結果的に絶滅を招いてしまった。
それはオーデュボンにも止められなかったし、誰にも止められなかった。
悲しい結末に向かうことをわかっていても止められないのは、さぞかし歯がゆい思いに違いない。
そんな思いを禄二郎も経験したし、自分では動けないカカシも経験していたのだろう。
そしてその思いは鳥好きの田中にもつながっていく。
田中とカカシは、それこそ深い友情で結ばれていたのではないかな。
とはいっても、荻島でも凶悪な犯罪は頻発していて、その辺は外界とも変わりありません。
それによって傷を負った人たちの姿は、例えば園山夫妻であったり、日比野であったりと、
ありありと描かれているのであって、胸をえぐられる思いがします。

今、物質的にも満ち足りた世界でのほほんと生きる私は、国の将来などそれほど真剣に案じたことはありません。
正直、自分のことで精一杯です。
そんな私がこの作品を語るなんて、お門違いも甚だしいのですが…。
そんな中で共感できたといえば、伊藤の元恋人の静香の生き方。
この世の中で存在するためには、活字としてどこかに名前が印刷されるか、自分がいなければ困る責任のある仕事を引き受けるか。
いわゆるアイデンティティの追求というヤツです。
身近な人にだけでもいいから認められればいいのに…って思うんですけど、
そういう個人の感情や記憶ではなく、確固たる証を求めてしまいがちなんですよね。
でもやっぱりそれは寂しいことだなって。
私も荻島に行ったら世界観が変わるだろうな。

それと挿話的に挟まれる伊藤の祖母のエピソードが効果的で、この構成は秀逸だと思います。
この祖母は数々の毒舌を吐いていらっしゃるのですが、私が一番興味深かったのは、人生をエスカレーターになぞらえたもの。
確かに自分で何もしなくてものうのうと時は過ぎていく。
でもどういうわけか生き急いでしまうものなんだよね。
きっと人生をより彩りよくしようとか、いろんな欲や焦りが混ざっているのでしょう。
私もまだまだたいした人生生きてないですが、一度きりの人生だからこそ、生き方をじっくり考えてみるのも手かな、と。
どうせ勝手に過ぎていくエスカレーターならね。

お話を通していろいろと考えさせられたり、新たな視界が開けたりと、大変読みがいのある作品でした!



オーデュボンの祈り (新潮文庫)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/11/28
  • メディア: 文庫


コンビニ強盗に失敗し逃走していた伊藤は、気付くと見知らぬ島にいた。
江戸以来外界から遮断されている荻島には、妙な人間ばかりが住んでいた。
嘘しか言わない画家、「島の法律として」殺人を許された男、人語を操り「未来が見える」カカシ。
次の日カカシが殺される。
無残にもバラバラにされ、頭を持ち去られて。
未来を見通せるはずのカカシは、なぜ自分の死を阻止出来なかったのか?
タグ:伊坂幸太郎
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